不公平を正すためにも死刑は必要  [死刑賛成!!]

死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う

http://psichiatra.blogspot.jp/2012/03/blog-post_8418.html?showComment=1347371081755 より(抜粋)  

       

取り返しの付かないことをした者は取り返しの付かない形での罪の償いが必要だと思います。それが死刑です。かけがえのない人命を身勝手な動機で奪っておきながら、刑務所という閉ざされた空間であるにしても、そこでのうのうと生きながらえるということは、不公平極まると思います。


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死刑反対派

>取り返しの付かないことをした者は
>取り返しの付かない形での罪の償いが必要だと思います。
>それが死刑です。

では、取り返しの付かないことを過失でしたものは
なぜ取り返しの付かない形での罪の償いが
必要ではないのでしょうか?

過失致死の加害者はなぜ死刑にならないのでしょうか?

「過失と故意は違う」という的外れなことを言う人がいますが、
「違うから死刑にならない」では意味不明です。

故意の殺人においては当てはまらない理由を
導き出せるものなら出してみてください。

すべての死刑理由は
例外なく過失致死の場合にも当てはまるので、
過失致死は死刑です。

過失致死におけるすべての死刑回避理由は
例外なく故意の殺人であっても当てはめられるので、
死刑はあり得ません。

故意の殺人におけるすべての死刑回避理由への反論は
例外なく過失致死の場合にも当てはめられるので、
過失致死における死刑回避理由は無くなります。

それは被害者の立場に立てば
過失と故意は同じだからです。

死刑理由は全て被害者の立場のみです。
死刑回避理由は全て加害者の立場のみです。
そしてあくまでも加害者の立場に立つから
過失と故意は異なるのです。

>かけがえのない人命を身勝手な動機で奪っておきながら、
>刑務所という閉ざされた空間であるにしても、
>そこでのうのうと生きながらえるということは、
>不公平極まると思います。

「身勝手」という一言で
究極の行動に及んだ動機が生じた背景を無視し
加害者のことを少しでも考慮しようとしたら
被害者の人権侵害というなら
「わざとじゃない」など被害者には関係の無い
身勝手な事情と言えます。

過失致死の場合には、
刑務所という閉ざされた空間にさえ
一時的しかいないのです。

なぜこの場合、不公平極まらないのでしょうか?

これに対して
過失致死の被害者の場合は、不公平ではない
もしくは
過失致死の被害者の場合だけは、不公平でも仕方ない
というなら
あなたは被害者の気持ち分かるような人とは
思えません。

結局裁きとは、犯罪の裏にある全ての背景を
勘案するものなのです。

そして、責任の範囲内で制裁を
受けるものなのです。

by 死刑反対派 (2013-05-01 16:19) 

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