冤罪は死刑反対の理由にならない [死刑賛成!!]

判断は読者に委ねられる

http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4120040631/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1 より(抜粋)

 

私は死刑制度に賛成である。冤罪の危険性を理由に反対する人もいるが、100%黒という事件も実際に存在している以上、冤罪についてはまた別の次元で議論すべきであるし、それ以外の反対理由はつまるところ加害者の人権につきると思う。

 

死刑廃止を訴える人々は個人としては優しすぎる人々なのだろう。ただ優しさは時に残酷なまでに他人を傷つけてしまう。もし自分のたいせつな人が無残にもいのちを奪われたとしたら・・。私などはその想像力さえあれば、と思ってしまうのだが。


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死刑反対派

>100%黒という事件も実際に存在している以上

捏造の可能性がある異常、
100%黒という事件は存在していません。

>冤罪についてはまた別の次元で議論すべきであるし、

例えば、
事故の原因は本人の不注意であるし、
シートベルトをしても事故が減るわけではないが
事故があるから、シートベルトをします。
事故とシートベルトとは別次元の話ではありません。

同じように、
冤罪の原因は判事・検事・警察の不注意であるし、
死刑廃止をしても冤罪が減るわけではなくても
冤罪と死刑とは別次元の話ではないのです。

冤罪という事故が起こってしまった場合に、
被害を少しでも和らげるためのものであり、
完全に同次元なのです。

>それ以外の反対理由はつまるところ加害者の人権につきると思う。

非の打ち所の無い悪人は現実世界にはいません。
加害者にも人権はわずかに残存します。

確かに想像可能な範囲で被害者を想像すれば
犯人の不幸は蜜の味だと思います。
自分のたいせつな人のいのちを奪われたとしたら
犯人が不幸になればなるほど気持ちいいでしょう。
しかし100%被害者の望み通りに制裁を加えるべきとは
思いません。

例えば
過失致死と故意の殺人と異なることは分かりますが

もし自分のたいせつな人が過失によって
無残にもいのちを奪われたとします。

「わざとじゃなければ仕方ない部分もある」
というような一般常識的な足かせもなく被害者遺族が
過失の場合は加害者の死刑を望まないと思いますか?

なぜ加害者を死刑に出来ないのでしょうか?

加害者の人権を考慮せずに答えを出せますか?

わざであろうがなかろうが
被害者は夢も希望も全ての人権を奪われたのだ
という事実を想像してみてください。

加害者にとって過失と故意が異なるのは当然ですが、
被害者にとって過失事件と故意の事件の違いを
説明できますか?

「わざとじゃない」なんて被害者には関係ないのです。
それでも、故意か過失かは考慮されるのです。

そうであるなら被害者に関係の無い
加害者の生い立ちや精神病理等も
考慮すべきです。

「被害者を許して無罪にせよ」というわけでは
決してありません。
しかし、本来犯罪は社会悪による社会病理です。
それを全て無視して、
被害者の犯人に対する不幸追求心だけを考え、
100%同害によって復讐をすべき
とは言えません。

ほんのわずかに加害者のことを考慮に入れるだけです。

一つ事件の被害者だけを想像するのではなく、
様々な事件の被害者や加害者の双方に対する
想像力さえあれば、と思ってしまいます。

by 死刑反対派 (2013-04-30 17:39) 

辛抱しんちゃん

>100%黒という事件も実際に存在している以上
捏造の可能性がある異常、
100%黒という事件は存在していません。
→それを言ったらキリ無いだろう…どうせいっつーのか…

>冤罪についてはまた別の次元で議論すべきであるし、
例えば、事故の原因は本人の不注意であるし、
シートベルトをしても事故が減るわけではないが
事故があるから、シートベルトをします。
事故とシートベルトとは別次元の話ではありません。
同じように、
冤罪の原因は判事・検事・警察の不注意であるし、
死刑廃止をしても冤罪が減るわけではなくても
冤罪と死刑とは別次元の話ではないのです。
冤罪という事故が起こってしまった場合に、
被害を少しでも和らげるためのものであり、
完全に同次元なのです。
→すり替えしても無駄だ!別次元の話で無いにしても、冤罪があるから死刑を無くせなんざ飛躍し過ぎだ!ならばシートベルトしなくても事故起こさない自信がある人はシートベルトせんでもいいんだな!だって事故起こさないからシートベルトしないんだし!だったらシートベルト要らんな!同じように、警察も検察も弁護士も冤罪なんざ有り得ないからって自信がある人が判断してれば冤罪起こんないから、死刑OKでもいいよな!だって絶対に自信あるし!いいじゃん完全に同次元だし!事故起こさないんだからシートベルト要らない=絶対正しい判断するから冤罪は無いので死刑アリでいい、ってな!

>それ以外の反対理由はつまるところ加害者の人権につきると思う。
非の打ち所の無い悪人は現実世界にはいません。
加害者にも人権はわずかに残存します。
確かに想像可能な範囲で被害者を想像すれば
犯人の不幸は蜜の味だと思います。
自分のたいせつな人のいのちを奪われたとしたら
犯人が不幸になればなるほど気持ちいいでしょう。
しかし100%被害者の望み通りに制裁を加えるべきとは
思いません。
例えば
過失致死と故意の殺人と異なることは分かりますが
もし自分のたいせつな人が過失によって
無残にもいのちを奪われたとします。
「わざとじゃなければ仕方ない部分もある」
というような一般常識的な足かせもなく被害者遺族が
過失の場合は加害者の死刑を望まないと思いますか?
なぜ加害者を死刑に出来ないのでしょうか?
加害者の人権を考慮せずに答えを出せますか?
わざであろうがなかろうが
被害者は夢も希望も全ての人権を奪われたのだ
という事実を想像してみてください。
加害者にとって過失と故意が異なるのは当然ですが、
被害者にとって過失事件と故意の事件の違いを
説明できますか?
「わざとじゃない」なんて被害者には関係ないのです。
それでも、故意か過失かは考慮されるのです。
そうであるなら被害者に関係の無い
加害者の生い立ちや精神病理等も
考慮すべきです。→事故だから無罪・故意だから死刑じゃ無いのだよ。罪の大きさ・反省してるか否か、賠償出来るか否かなのだ。

「被害者を許して無罪にせよ」というわけでは
決してありません。
しかし、本来犯罪は社会悪による社会病理です。
それを全て無視して、
被害者の犯人に対する不幸追求心だけを考え、
100%同害によって復讐をすべき
とは言えません。
ほんのわずかに加害者のことを考慮に入れるだけです。
一つ事件の被害者だけを想像するのではなく、
様々な事件の被害者や加害者の双方に対する
想像力さえあれば、と思ってしまいます。
→犯罪は全て社会病理だ。だからって「全て世の中の責任だ!」ってのは甘え以外の何物でも無い。どんな犯罪でもその背景はある。ならば全く同情出来ない身勝手な理由で大量殺人をした犯罪者がいても「社会病理の責任だから」と反省も償いも無しで死刑にもせずただただ寿命が尽きるまで刑務所で終日のたりのたりかなとさせておくのが社会正義なのか?引きこもりヒート体質な犯罪者なら「うおー!これで三食昼寝尽きで一生楽して暮らせるぜー!ま、弁護士に頼んで4年程度で仮釈目指して六法全書でも読んでるか~ウププッ!ま、死刑にならずにホッ」でもいいんか!たく!

by 辛抱しんちゃん (2013-05-29 21:29) 

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